【同じ”在日”として】



今日は、昨日(2013/9/3:火)に、関西の某テレビ局にて放送されていたコトをご紹介させていただきます

昨今、福祉の仕事に携わる人が少なくなってきています

キツイ労働条件に見合わない給料や職場環境(特に特別養護老人保健施設(以下、特養)でのストレスが重なり

一度は福祉の道を目指した人も、長く続かず辞めてしまうという現状です

最も最悪なのが、その「ストレス」が、「殺人」という犯罪に繋がってしまうコトです



京都も同じ様な環境ですが、他県とちょっと違うのが、介護職員の穴埋めとして

フィリピンから人材を集め

  「人材不足解消」

を目指しています


フィリピンから人材を集めるのは、昨日今日始まった訳では無く

皆さんもご存じのとおり「看護師」として働く為に既に何年も前から始まっています

本国で看護師資格を持っていながら、日本に来て「看護師」として働くのには

日本での「国家資格取得」が必須です

慣れない日本語での試験に四苦八苦しながら、ようやく2年前(3年前でしょうか?)に

1人のフィリピン人が、日本での看護師の「国家資格」に合格しました

合格したその方の記者会見を見た時、その方の目は輝いていました

「これから、日本で看護師として頑張っていきます」

そのコトバにも心を打たれたコトを、今でも鮮明に覚えています


さて、話は元にもどりますが

介護職員として働く為、日本に来日した人には、もちろん家族がいます

本人もさることながら、家族(妻・子供)は、全く日本語が話せません

この状態を打開すべく、今、京都は変わりつつあります



まず、来日した子供たち(多くは小学校低学年〜中学生)は、自分が通っている公立学校で

放課後、専門職員により日本語を勉強する機会が与えられています

また、在日フィリピン人の為のコミュもいくつかあります

その内のひとつが、京都教育大学による「子供たちへの日本語習得支援」です

教師を志している、いわゆる「教師の卵」が、子供たちと1対1のマンツーマンで指導しています



京都市内在住の「カリサ」さんは、日本人と結婚したのを機に来日しました

4人の子宝にも恵まれましたが、結局は離婚

女手ひとつで4人の子供を育てています


しかし、幼かった子供たちには、子供たちなりの「葛藤」がありました


  「日本語で話しかけても、母親は日本語が話せないから意思疎通ができない」

  「自分の家に友達を誘うコトができなかった・・・日本語が話せない母親が恥ずかしかった」


これは、在日であるがゆえの問題であり、特にフィリピン人だけの問題ではないと、あたしは思います


カリサさんの長女(17歳)は、2年程前に短期ホームステイを経験しました

その時に彼女はこう感じました


  「言葉が通じないというコトは、こんなにも大変なコトだったんだ・・・」

  「ママ(カリサさん)は、こんな状態でもいつも笑顔で家族を支えてくれたんだ・・・」


身をもって感じた彼女は、それから一切、母親へ反発するコトは無くなりました

また、それを知った長男(20歳)も、一切、母親へ反発するコトは無くなりました


また、自分が「ハーフ」であるコト

母親が「フィリピン人」であるコト


を隠さなくなりました

むしろ、今では自分から積極的に話すようになりました



カリサさんが来日して20年程

今でも難しい日本語は話せませんが、日常会話なら全く問題ないレベルに達しています

カリサさんは、今、同じ思い(苦しみ)をしている方のサポートが出来れば・・・と

いろいろなコミュにて、通訳ボランティアをしておられます



カリサさんのコトバです


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  「私は日本人」・「私は外国人」


そんな言い方はやめよう


  「私は人間」・「私たちは人間」


そういう世の中になってほしいから、私は頑張ります


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国際化社会の今、海外で働く日本人

日本で働く外国人

多種多様な状況であると思います


しかし、そこに根強く残る「民族差別」

これがいつ無くなるのか・・・

正直、あたしにはわかりませんが

カリサさんのコトバにある様に

「皆、人間」

であるコトに間違いはないのです

皮膚の色・瞳の色・髪の色・言語や文化の違い

それだけで「差別」の対象としてしまうのは

「人間」として、明らかに「浅はか」だと、私は思います

「ことなかれ主義」の下に生まれ・育ち・・・

自分が率先して「差別は良くない!」と言える世の中に

果たしてなっているのでしょうか?

「出る杭は打たれる」

やっぱり、恐怖感もあるのだと思います

「三人寄れば文殊の知恵」

という言葉があるじゃないですか?

一人では声をあげれなくても、同じ考えの人たちが集まり

声をあげていく・・・

そして、どれだけ先になるかわかりませんが

この「地球上」で「差別」というコトバ・行為が無くなるコトを

あたしは切に願っています




To be continued

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